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なにものか

立て看板。
へたくそですが、手書きで作っています。
今まで、ろくに看板も掲げずに、自分がなにものであるか、ここで何をやってるのかきちんと伝えずにやってきました。
何をやってるんですか?ときかれれば、家具屋ですと答えてきました。
でも家具以外にも、仕事をしてると、実に様々な依頼を受けます。
家具はもちろん。
その家具も無垢のもの、フラッシュのもの。ウレタンの塗装にオイルの塗装。
店舗什器。
椅子の張替。
子ども用の杵。臼の割れの修理。
屋台。
刀の鞘。
ピーラー。
燃えたヤカンの取っ手。
雪まつりの影絵。
スマホスタンド。
娘が産まれた時に植えた樹齢20年の木を使って二十歳の記念品。
剪定の鋸。
シンクの底上げ板。
マラソンの賞品、記念品。
りんご箱の家具。
木工教室。
・・・
他にとりえのない、自分の手が何かの役に立つ。そのことを一番に掲げるとき、すべてが自分にできる仕事で、そこに肩書をきちんと決めることができずにきました。
だから家具屋です、で通してきました。
それでも色んな仕事に出会うことになるなら、それは全部自分の仕事だと。
そういう意味で、肩書の話をするのは、自分にとってとても苦しいことのような気がしています。
一つ何か肩書を決めるということは、同時に○○ではない、○○でもないという議論になりがちだから。
○○もできるし、○○でもある。
職人だろうし、芸術性を求められることもあるし、作家として扱われることもある。図面通りの建具も作るし、リメイクもする。
大量生産の家具の修理もするし、コストを求められることもある。
EasyLivingらしいと言える家具だってあるし、らしくない家具だってあるだろう。
個人として作りたいと思えるもの、作りたくないと思えるものがある。
作りたくないけど、作るものだってやっぱりある。
この小さい町で、仕事を選んでられない、現実も確かにある。
小さな町で、一人親方の小さな単位で、こういう心持で、小さな、作るという行為を繰り返して、我々一家族が生きていけたらいい。
やろうとしていることはその程度のこと。
会社にすることが、まっとうな姿というわけではないし、一人だからと言って、気ままでのんきな商売というわけではないと思う。
もし、この町に同じような仕事がないのなら、肩書はEasyLivingでいいんだと思うし、それ以外いいようがない。
この際、EasyLivingなんて分かりづらい屋号はやめて、葛西製作所と言ったほうが、もしかしたら受け入れられやすいのかもしれないと思ったこともある。
いろんな思いの中で、何者であるかはあまり表現せず、やった仕事だけブログでお伝えする、程度のことを続けてきました。

でも、そのやりかたでは、ここまで16年もやってきて、実は何にも伝わってなくて、何も始まっていないんだということを、このコロナ禍で、認めざるをえず。
このままではいかんと思いました。

ここ1カ月ほどで、小さなお店が、少しづつ見栄えがしてきて、通りすがりの方々に、何をやってるんですかときかれることがとても多くなりました。
具体的に物の姿が見えてきて、皆さんの気になっていたことが、言葉になって出てきたのかなと思う。
やっぱり目に見える実物の姿には力があるんだなと。
姿を少し具体的に見えるものにすることで、目にする人の気持ちに変化を起こすことができるなら、何屋?肩書?ということよりも、もう少し具体的に、自分を伝えることをしようと、少し具体的な言葉を選んで、今できていることを看板にならべてみました。

○○はできます。
じゃあ、○○はできる?
となったらいいかなと思います。

少しでも、意味のある職業として、町に存在できるように、また、こういう商売のありかたや、生き方でもいいんだねと、思ってもらえるような仕事にしていきたいと思う。

ものを作る仕事は、本来もっともっと裾野が広くて、もっともっと、その町で作られるものが多く存在していいと思うし、してほしいと思います。
何の技術を持っていて、何が必要とされていて、困ってる人がいるということに気づいて、自分の持ってる技術を応用することで、いくらでも可能性はうまれると思います。
あとは出会いとそれぞれの関係の中で、生まれてくるものはその時々、時代時代で違ってよくて、大事なのは、ちゃんと必要とされる関係を二者が作ることで、ちゃんと必要なものができればいい。
その中に、もしかしたら、個々の個性や、作家性があったり、なかったりの中で、選択肢が増えるような、多くのものづくりが受け入れられ、存在できたなら、きっと豊かな生き方が、作る方にも、使う側にもできることになるんじゃないかなと思うのです。

そんな小さくても気の利いたものづくりで、生きていけたら、いい。
それが、なんという名前の職業なのかは、今は分からない。
だから今できることは、ただここに存在し続けるということ。

まあ、今まで看板も無しに、ごめんなさいというお話。